「羊」はと栄食の代表

 牧畜に縁のうすい日本人と違って、中国人は羊をたいせつな家畜としてきた。三千年前には、北中国に(キョウ)と呼ばれる遊牧人が羊を放牧していた。は「羊+人」を合わせて羊飼いを表した字で、今日のチベット人の元祖にあたる。その影響をうけて、大昔から華北、華中の漢民族も羊の肉と羊の毛皮とを愛用した。
 という字は、ヒツジの頭部を描いた字で、つのの特色をよく表している。羊肉は古代から最もたいせつな栄養食であったので、「羊+食」を合わせてという字ができた。羊(ヨウ) ─ 養(ヨウ)は、発音までひとしい同系語である。またヒツジの姿は、やさしく堂々としているというので、「羊+大(りっぱ)」を合わせてという字ができた。中国では昔からあか犬の肉も食用にしたが(黒や白の犬は食べない)、それは羊肉の旨さには及びもつかない。そこで「いかさま商売」を諷刺して「羊頭を懸(かか)げて狗肉を売る」という。だからこそ、十二進法の動物の名にヒツジが登場したのであった。
 晩秋から正月にかけて、北京の街かどには「焼羊肉」の立て看板が立ちならぶ。いわゆるジンギス汗鍋のことであるが、これも羊肉を使い、豚や牛は用いない。日本では「ヒツジ年の女は・・・・」などと悪口をいうようだが、中国では羊は、と栄食の代表である。「一衣帯水」とはいっても、島国と大陸では話が違うのである。

 (『賢者への人間学』藤堂明保・産業新潮社)絶版 より